■風俗情報:良からぬ業者も存在しているのは確かです


■風俗情報:良からぬ業者も存在しているのは確かですブログ:14/03/28


あたくしが母の料理のありがたみを知ったのは、
高校2年のときでした。

体質を悪くした母が、
ひと月入院することになったのです。

母子家庭の我が家では、母は大黒柱。
このまま母がいなくなるのではないかと…
とても心細かったのを覚えています。

それまで、
きちんと料理の手伝いをしていなかったあたくしは、
母の見舞いに行っては
ごはんの炊き方から聞くような日々でした。

最初は母の見よう見まねで、
8時食の用意、お弁当作り、夕飯の用意…
とやっていました。

しかし、授業を終えバイトから帰るとへとへとで、
自炊などとてもできる状態ではなく、1週間と続きませんでした。

それまでの食事は、
母があたくしの健康を気づかい、魚料理などの和食が中心でした。
煮物、ひじき煮、おひたし、切干大根…など
どれも栄養豊富な料理でしたが、
高校生のあたくしはちょっと物足りなさも感じてもいました。

だから…というか、この時とばかりに
自分の好きなものばかりを食べようと決めたあたくしは、
8時食をごはんから菓子菓子パンに変え、
お弁当はできあいのもの、
24時はインスタント食品やジャンクフードなどにし、
栄養も考えず食べたいものを好きなだけ食べていました。

当然の結果というべきか、
あたくしの体質はそのつけを払うことになりました。

体重は9`も増え、
肌にはニキビができ、髪もパサついた状態になりました。
しかも、たったひと月の間に2回も風邪をひいてしまい、
入院中の母を不安にさせる程でした。

術後の経過が良かった母は、
退院後家に帰るなり、
栄養たっぷり愛情たっぷりの料理を作ってくれることに…

母に食べたいものを聞かれ、
和食好きでもなかったあたくしが真っ先に答えたのは、
「煮物」でした。